歴史に学ぶ 土屋詔二
新型コロナ感染症は、時を追って影響が深刻になっている。GW(ゴールデンウイーク)を多くの人が家に寵(こも)って過ごし、例年賑わう観光地も閑散とし、市内の産業も大きなダメージを受けている。死活問題なのに政府の動きはチグバグだ。
新しい感染症だから手探りになるのはやむを得ないかも知れない。しかし、まったく新しいわけでもない。パンデミックは何回も起きているし、歴史上の緊急事態は少なくない。
安倍晋三首相は緊急事態宣言延長の記者会見で「敬意、感謝、絆があればウイルスに勝てる」と言った。しかし、今必要なのは、美辞麗句の精神論ではなく、根拠に基づく合理的思考ではないか。まずPCR検査であろう。
医療崩壊を招くなどの理由で、検査が抑制されてきた。例えば専門家有志の会のサイトで「#うちで治そう」「#四日間はうちで」と訴求されており、広く「四日ルール」と呼ばれた。しかし、在宅療養中に重篤化して亡くなる人が出てきた。
加藤勝信厚生労働相は「誤解があった」で片付けるが、誤解なきように伝えるべきではないか。有志の会の訴求ぺージは削除されたが、死んでしまった人は戻らない。
チグバグの典型は布マスクの全戸配布だろう。二月の初め頃よりマスクが入手困難だったのは事実だ。しかし四六六億円の予算は、もっと有効な使途があったと思う。不衛生品があったりして未だに配布れていないが、既に市販マスクが出回り始めている。せめて未配布マスクの配達費用はカットすべきだ。
安倍首相は五月六日のインターネット番組で「(布マスクの)配布によってマスグの価格が下がったのは成果だ」と自慢していたが、問題の捉え方が違う。方針の誤りを認めないで当初案に拘(こだわ)るのは太平洋戦争の敗因でもあった。インパール作戦が代表であるが、物資補給がないまま作戦を継続し、戦闘死よりも戦病死・餓死の方が多いという悲劇を生んだ。硬直した作戦と物資補給(兵姑=へいたん)軽視の犠牲である。
コロナ感染症の場合、対策の拠点となる中核病院で院内感染が起きてしまった。人員だけでなく、物資・装備が足りないのである。あるいは高齢者施設がクラスター化するケースが多い。ギリギリのキャパシティだから、感染者が発生すれば、すぐにオペレーションに影響する。しわ寄せは現場が被るのだ。
国会では不要不急な検察庁法の改悪が、法務天臣が出席しない内閣委員会で強行されでいる。先日の日本経済新聞のコラム「春秋」に、チグバグの語源が解説されていた。鎮具破具で、鎮具は金づち、破具は、くぎ抜きである。逆に使うようなことを指すと
いう。
一斉休校の児童・生徒は、もう三カ月目に入った。自分の頭で考える機会になれば「艱難(かんなん)汝を玉にする」になるだろうが、限界に近いと思う。間もなく再開されるだろうが、登校できる幸せを存分に味わって欲しい。
(三島市)
【沼朝令和2年5月12日(火)言いたいほうだい】
0 件のコメント:
コメントを投稿