函南西端に城跡の記述
今川氏真の寝小屋か
明治期の「村誌」発見
函南町塚本の広田和衛さん(78)の自宅で、明治18(1885)年に田方郡塚本村が公文書として残した「村誌」が見つかった。村の西端に城跡の存在を示す記述があり、戦国期の武将今川家最後の当主今川氏真(1538~1615年)が治めた大平古城の一部だった可能性もあるという。静岡古城研究会の水野茂名誉会長(76)は『今後の調査につながる貴重な史料」と期待する。
村誌では「城跡 当村西端ニアリ字新城ト云(い)フ」と記述されている。場所は同町塚本の西側に位置し、現在は伊豆ゲートウエイ函南やめんたいパークなどの観光施設が並ぶ地域。広田さんによると、氏真が治めた大平古城跡からは尾根伝いに道がつながり「戦のない平時に氏真が寝小屋の館として利用していたのではないか」と推測する。
1560年に桶狭間の戦いで当主の義元が織田家に討ち取られた後、敗走する氏真は北条家にかくまわれて大平古城に入った。82年には武田家の攻撃を籠城で防ぎきったとされるが、その後は当地にとどまったか離れたかは不明。ただ、大平古城は戦向きだが生活するには狭く、近くに生活用の寝小屋があったとされる。水野名誉会長は「村誌が示す城に氏真がいたかは分からないが、可能性は考えられる」という。広田さんの祖先は江戸時代の初期に現在の函南町に移り住み、村誌が記された明治18年には役場の戸長を務めていた。広田さんは歴史の教諭だった父がら、塚本地区にかつて城や空堀があったことを伝へ聞いていたという。今年5月に広田さんの倉から村誌が発見され、「父の話とつながった。地元の歴史が、一つ解明された」と喜んでいる。
(三島支局・金野真仁)
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