中央公園名称変更お願い
「沼津兵学校書生寮公園」又「沼津城址公園」又「沼津城本丸跡公園」に
平成31年1月20日(日)に市民文化センター小ホールにて「沼津兵学校創立150周年記念式典」が開催されます。式典は、宗家第18代徳川恒孝さんをお招きして行われます、又、多くの兵学校關係者の御子孫方も出席予定されております。この機会に中央公園の名称を変えよう。
さて、皆さん、今の中央公園の土地は150年前、水野沼津城の本丸跡に沼津兵学校書生寮が建てられ、全国の他藩から沼津兵学校に留学するため來沼した藩士達が学生生活していた建物がありました。
50年前、昭和43年7月28日号に大野虎雄氏(軍事俗務方頭取介大野寛一孫)が「言いたいほうだい」『今となっては沼津城のおもかげを偲ぶ何物も存在せず、・・・唯一の残された方法は目下市が沼津城本丸址に建設中のいわいる中央公園の名称も小田原等の例にならって「城址公園」と改め・・・』と提言されております。
沼津第一地校区と第二校区の皆さんが名称変更請願の書名約二千筆を故大沼市長に、署名約一千筆を頼重市長にお渡し、50年前の大野虎雄氏の願いをかなえていただけたいと面会いたしまし。
市民の皆様、中央公園では沼津の町の歴史文化を伝えることは出来ません。150年前、日本一優秀な教授や学生が集まり、総合大學的町だったのです。そうです、沼津は。
その歴史文化を端的に表現出来るのが「沼津城址公園」又は「沼津兵学校書生寮公園」なのです。
他都市では公園名称変更はかなりありますし、国の管轄役所では、市民(市長)が公園名称変更申請書(書類)を提出してくれれば当然受理するとの事です、市民の皆様、大きな声をあげましょう。
平成30年10月15日(月)
沼津史談会会員 長谷川 徹
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