2021年1月18日月曜日

◆沼津ヒラキ物語⑧ 「干物加工と伝統技術」その3  加藤雅功

 

◆沼津ヒラキ物語⑧

「干物加工と伝統技術」その3  加藤雅功

 今から60年近く前のことである。日本社会が高度成長に向かう頃、昭和34年の体験から始めよう。

●ナライの風 祖父がよく「ナライの風だ。雨が吹き付けるから早く雨戸(あまど)をしめろ。」と言っていたことを思い出す。不思議なことに、すぐ南東側の雨戸に強く吹き掛ける風と雨音(あまおと)を聞いたのを覚えている。

 天日干しに頼っていた当時、同じことが、近くの「マルセ」の露木仙吉さんの口からも出た。地方や季節により風向きは異なるが、特定の方角から強く吹くナライ(東の風)であり、冷涼(れいりよう)な「ナライ風」は雨を伴うので、時には台風などの災害にも直結するため、その印象は強い。西の風の卓越(たくえつ)する冬季の「ナライ風」は別として、沼津地方で東風や一部の南風が吹く時は、一般的に天気が悪くなる傾向が指摘できる。「観天望気(かんてんぼうき)」の指標としての雲の例であるが、沼津本町(ほんちょう)(下河原(しもがわら)など)から見た場合、南東側に位置する「象山(ぞうやま)(徳倉山)」の鼻の付近、「横山(よこやま)」の南側の小山方向に「霧が垂(た)れ込んだならば、風が強くなり、やがて雨が降り出す」傾向が強い。つまり天気が崩(くず)れる予兆(よちょう)を経験的に把握していた、先人の知恵である。この仙吉さんからの伝授話は「ヤマ中(なか)」の田代和豊さんから聞いた内容である。突然の降雨に対して、すぐに干し場からセイロを下ろし、取り込み終わらなければ、出荷する干物の製品が全て台無(だいな)しになるため、この「ナライ風」と湧(わ)き立っ雲による天気の予想(経験則)の「観天望気」の伝授は大いに役立ったという。



●乾燥機の導入天候や季節にとらわれず、一年中干物製造が出来る「乾燥機」による機械乾燥は、昭和30年代半ばから開始された。ボイラーによる乾燥機導入の初期段階の際、燃料を石炭とした時に、吹き付ける

温風の火力は強かったが、期待に反して「余りにも石炭臭くて商品にならず」に終わり、投資効率面でも減価償却(げんかしょうかをく)できず、早々に重油やガスに転換している。そのことは、今でも笑い話のように語られている。沼津で機械乾燥が進むが、地元の干物業者が乾燥機の装置を工夫して、「沼津方式」の乾燥機が普及して久しい。現在「温風乾燥」は28℃で約1時間位だが、身が焼けてしまうので、弾力を手で確認して仕上げている。3035℃の温風で30100分乾燥させるのが主流だが、近年では身の表面をピンク色にするため、24℃位の低温の除湿乾燥をかける方法も増えている。本来「天日干し」が望ましいが、嗜好(しこう)面からは「好み」が分かれ、需要のあった昭和50年頃までやってい(しげ)たが、今や沼津では熱海の旅館に出すために、志下の業者が屋上で1軒やっている程度に過ぎない。

●沼津方式の「生干し」の登場 「和食」に秘められてきたカとして、その主役の魚は新鮮さが鍵となるが、魚を食べる上で刺身は最高の食べ方ではない。生(なま)が好きという人もいるが、刺身は歯応(はこた)えを楽しむものである。魚の食べ方といえば、「煮る、焼く、刺身」など、調理の多様な仕方の中で美味(おい)しさを追求すると、干物は生で食べるのとは違う「旨味(うまみ)」がある。干物には旨味が凝縮しており、「焼き魚」ゆえに乾燥させるため、魚を捌(さば)いた後、刺身に切り分ける、煮付けるのとは異なり、焼く前の下処理が不可欠である。そのまま干す風乾の「丸干し」、短時間塩水に漬ける「塩干し」、味付けした「醤油(しょうゆ)干し」や「味琳(みりん)干し」、さらに開いて処理した「開き干し(開乾) (ひらきぼし)」があり、そこで「干す」という調理法の実力が発揮される。

 今日のような輸送手段の変革や高速道路の整備以前は、新鮮な魚を干す際に、干物といえば「保存を利(き)かせる」ためカラカラに乾かす必要があり、「乾燥」とともに事前の「塩潰(しおつ)け」が不可欠ゆえ、干物は硬くてしょっぱいイメージが強い。新鮮な魚を干物にするのは確かに勿体(もったい)ない気もするが、あえて干すことで肉に弾力が富み、旨味が一層増し、滋味(じみ)、栄養のある食べ物となり、新たな可能性がそこに加わる。

★「余所(よそ)ではしょっぱかったりするが、塩分が程よく利いて美味しい。」「火に通すことによって、より一層美味しくなる。」「噛(か)めば噛むほど味が出て来る。」「肉厚で脂(あぶら)もしっかり乗っている。」「とにかく文句なく美味しい。」以上は、市内の焼き魚を扱う食堂で聞いたお客からの代表的な感想である。

 アジの干物の生産量が日本一を誇る沼津市ゆえに、これが「日本一の沼津の干物」という自負とともに、製造工程で機械化が進む中で、沼津では「ヒラキは全(ニだわ)

て職人の手で開く」ことに拘る。干物に仕上げる過程で素早(すばや)く開く職人の技も当然のことながら、急速冷凍で運ばれた新鮮なアジを代表に、さらにサバやカマス・タチウオ・キンメダイなど実に100種類近く、多種のヒラキが製造・加工されている。 今日流通しているヒラキの大半は、伝統的な従来型の「天日干し」ではなく、むしろ十分に干し上がって(ふっいく)

いない「生干し」で、イメージを大きく払拭する必要がある。そこには「沼津方式」として強化された新しい技術が生かされて定着し、沼津の地域に根付いている。そこでは市場の評判もまた良く、近年の客のニーズに迎合(げいこう)し過(す)ぎるやり方でもない、独特なスタンスでかっ各商店の特色さえも出せるメリットがある。沼津で編(あ)み出した独自の方式である「生干し」は、非常に画期的なものである。今の干物の主流は、一昔前とは全く違う処理、加工の仕方であり、水分が適度に残った状態となる。火に掛けて焼くと、外はパリっと、中はジューシーでふっくら、ふわふわとなる。それでいて旨味はしっかりしている。ただし乾燥は緩く、短時間しか干さないため、急速冷凍する。なお賞味期限は冷蔵で4日程度、冷凍で30日位である。

(沼津市歴史民俗資料館だより2020,12.25発行Vo1.45No.3(通巻228)編集・発行〒410-0822沼津市下香貫島郷2802-1沼津御用邸記念公園内沼津市歴史民俗資料館TEL O55-932-6206FAXO55-934-2436

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