市、功績発信へ胸像公開
第1回の実施から100年を迎えた国勢調査の歴史を語り継こうと、沼津市の市明治史料館で「日本近代統計の祖」とされる杉亨二(1828~1917年)の胸像が10月18日まで、国勢調査に合わせて特別公開されている。同市は国勢調査の"原型"である全国初の人口統計が、杉によって行われた場所。特別公開は地元の沼津郷土史研究談話会(沼津史談会)の呼び掛けで実現した。関係者は「多くの人に沼津と国勢調査の関わりを知ってほしい」と語る。
胸像は高さ約45㌢、幅約30㌢の青銅製。杉の長女で、東京工業大を創設した手嶋精一の妻春子が大正時代に作製し、2009年に遺族から同館に寄贈された。同館は、6年前の企画展で公開して以降は収蔵庫で保管し、国勢調査100年を機に特別公開を決めた。館内の入り口脇に設置され、杉の功績を伝える資料も置いている。
新型コロナウイルスの影響で、回答率の低下が懸念される今回の国勢調査。特別公開の背景には、スペイン風邪が流行期に実施された第1回調査時の苦労を思い起こしてほしいとの願いもある。沼津史談会の匂坂信吾会長(72)は「当時もスペイン風邪が猛威を振るっていた。そんな中でも行われたのは、人々が豊かに暮らすための基礎データとして、国勢調査は欠かせないという強い意志があったからでは」と推し量る。
15日に同館で行われた献花式では、市職員や市内の郷土史研究グループ会員など12人が胸像に花を供えた。原ルネッサンスの会の望月宏充会長(81)の祖父は100年前に調査員を務め、自宅に当時の調査員証などが残っているという。望月会長は「杉が沼津で行った統計調査が、国勢調査の原型となったことを知る市民はほとんどいない。胸像の特別公開を通して誇りに感じてもらえれば」と話した。市ICT推進課の真野豊聡課長も「沼津との関係を学び、コロナ禍でも推進しなければと気持ちを新たにした。一人でも多くの市民に回答への理解を求めたい」と訴えた。
(東部総局・薮崎拓也)
☆杉亨二「沼津・原政表」
杉亨二(すぎ・こうじ) 江戸時代末期 長崎に生まれる。勝海舟の私塾で塾頭を務めた後、幕府の開成所教授などを歴任。明治維新後は静岡藩に仕え、沼津兵学校員外教授として沼津に一時移住した。1869(明治2)年1国内初の近代統計となる「駿河国人別調(にんべつしらべ)」に着手。調査は新政府を恐れた旧幕臣の反対で頓挫したが、先行実施した「沼津・原政表」は国勢調査の原型とされる。その後、新政府に出仕し、現在の総務省統計局長に当たる太政官正院政表課大主記に就任。退官後も準備委員として国勢調査の実現に尽力し、「日本近代統計の祖」と呼ばれる。第1回国勢調査を3年後に控えた1917(大正6)年に病没した。
【静新令和2年9月23日夕刊】
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