高尾山古墳を考える上
歴史的財産の損失
静岡大人文社会科学部篠原和大教授(47)=考古学
高尾山古墳は保存の価値がないのかー。国内最大の考古学会である日本考古学協会が保存を求める会長声明を出した沼津市の高尾山古墳について、同市は都市計画道路建設のため取り壊す方針を発表。今年度分の関係事業費5100万円を計上した予算案を市議会に提案した。粛々と取り壊しを進める市の手続きに間題はなかったのか。専門家から話を聞いた。【石川宏】
東日本最大かつ最古初期国家形成で重要
ー日本考古学協会は会長声明を出し高尾山古墳保存を訴えた。なぜ貴重なんでしょうか?
東日本で最大かつ最古の古墳。それまで全長20㍍を超える墓もなかったのに60㍍を超えていた。日本列島の政治的社会の最初の段階を表し、初期国家形成を考える上で非常に重要だ。沼津だけではなく国民的な歴史的財産。壊せば、永遠に失われる。
ー北陸系、近江系の土器も出土した。
他の地域との交流が示されている。政治的社会の列島全体への広がりを説明する中で欠かせない。またこの年代で東日本でこれだけ多くの副葬品があるのは突出している。新たな議論や発見のたび、高尾山古墳は注目され、価値がさらに高まる可能性がある。教科書に載っていい古墳だ。
ー古墳は既に一部破壊されています。
破壊されたのは全体の10~20%。埋葬施設を含め主要部分はほぼ完全に残っている。
ー保存すれば新たな発見も今後期待できますか?
想像しなかった技術も出てくる。より正確な年代測定法もできるかもしれない。新たな学術的な視点が出てきた時に古墳が無ければどうしようもない。また学術面以外の関心も出てくるかもしれない。社会の最初の政治的ベースはどこから、とか。その時、古墳があるなしでは大違いだ。
ー一般の人が素晴らしいと感じる保存はできますか?
やり方次第。周りにもたくさん古墳があるので、高尾山を中心とした歴史公園みたいな整備も可能だと思う。
ー62㍍もの墳丘はこの時代、東日本では弘法山古墳(長野県松本市)と高尾山古墳だけ。ヤマト王権の対抗勢力の最大の首長だった可能性は?
東日本の前方後方墳はヤマトの対抗勢力と考える研究者もいる。一方、近畿中心の秩序の下にあったと考える人もいる。ヤマト勢力の橋頭堡(きょうとうほ)だったかもしれないし、逆にヤマトの対抗勢力の拠点だったかもしれない。みんな注目しているからこそ見解も対立する。ただ、埋葬者が東日本で一、二を争う首長だったのは間違いない。
ー国史跡になるのでは?
保存されれば当然なる。
ー市民にもっと保存を働きかけていれば、いきなり取り壊しとならなかったのでは?
県考古学会でシンポジウムを2回やり、静岡大考古学研究会でも研究会を開いた。市民的な運動に結びつかなかったのは残念だ。
ー道路と古墳を両立させる方法は。
いろんな方法があると思う。トンネルとか高架とか。合流点ギリギリで上げれば残せるのでは、とか。完全保存が10として、検討過程が示されないまま、無理だからとゼロに近い回答。8とか7で残せないか次善の策の検討の機会もない。
ー以前はもっと新しい古墳と考えられて
いた。
駿河の本格的な古墳は4世紀以降と考えられていた。高尾山古墳も2008~09年の発掘以前は長さ約20㍍のもっと新しい古墳と思われていた。3世紀の古墳とは誰も思わなかった。それが悲劇の始まりだ。
ー篠原先生の専門は登呂遺跡ですね。
高尾山古墳は登呂遺跡に勝るとも劣らぬ遺跡です。
※高尾山古墳
沼津市東熊堂(ひがしくまんどう)にある、前方後方墳(方形と台形を南北につなぎ合わせた形の古墳)。墳丘は全長62㍍、全幅推定34㍍。230~250年ごろの築造と推定される。弘法山古墳(長野県松本市・国史跡)と並び東日本最古最大級。当初は古墳と分からず、都市計画道路沼津南一色線(1961年計画決定)の整備に伴い2008~09年に実施した発掘調査で判明した。日本考古学協会は12年11月に保存を求める要望を提出。今年5月25日には同様の会長声明を発表した。沼津市は09年から道路建設を凍結していたが、会長声明と同日、道路建設を進めるため、全面発掘調査名目で取り壊すことを明らかにした。
【毎日新聞平成27年6月16日地方版】
高尾山古墳を考える下
検討内容、全く不明
静岡大人文社会科学部 日詰一幸教授(59)一政治・行政学
専門家交え迂回の議論深めて
ー今回の政策決定の論点は?
道路建設は非常に公共性の高い事業。一方、文化財は歴史的価値が理解されない限り、価値を軽んじられる可能性がある。それをどう考えるかが難しい。
ー市の判断に問題は?
古墳の歴史的価値の重要性をどの程度理解しているのか。考古学協会と公の場での意見交換があれば、市の認識も変わったかもしれない。議論がないまま、市の都合だけで取り壊しが進むのを危倶する。
ー一方、考古学協会にも注文があると?
広く市民の理解を形成していく努力が求められる。古墳を市民、国民の財産と理解してもらう取り組みがもっとなされてよかった。多くの市民が知らないところで判断されることは大きな問題だ。
ー理解が深まれば、変わりますか?
古代史で果たした沼津の役割を再認識する。古代史のロマンに満ちたまちづくりもできるかもしれない。沼津という町をもう一度再認識し、誇りを取り戻す。沼津への矜持(きょうじ)が持てる。そう高尾山古墳を位置付けられるかもしれない。「道路を通すために邪魔だから壊す」だけでなく、まちづくり全体に広げて議論できるのでは。
ー取り壊しは市の丙部だけで決めた。
遺跡を回避する道路設計も検討したと言うが、どう議論され、なぜ駄目かが説明されていない。判断に至った背景や理由が全く明らかにされていない。技術的困難性とか財政面とか案ごとの課題や検討結果が明かされていないのは手抜かりではないか。公表すれば市民から対案が出て、その方が合理性があるかもしれない。外部の専門家も交えて道路のルートのあり方や迂回(うかい)の議論を深めてもよい。
遺跡の重要性に判断がいくなら保存に向くと思う。栗原裕康市長は遺跡の重要性、価値への洞察が不十分なのではないか。
ー重要な古墳と分かったのは5年以上前です。
5年あれば別の結論が出たかもしれない。
ー市は今後何をすべきでしょうか?
検討内容を公開し、考古学協会との間で一番いい解決策を検討すべきだ。議論を広げて、なお市民が道路を優先と判断するなら、それは市民の良識だ。
ー判断が市議に委ねられています。
行政の監視機能を十分に発揮しないといけない。情報が不十分なら、専門家を招いたり、各層の意見を聞いたりしてみる。少し先延ばしして時間をかけて精緻な検討をするのも良識としてあっていい。価値判断できずに、市のペースで進むのには警鐘を鳴らしたい。
ー取り壊しは補正予算の一部として提案されています。
市の戦略でしょう。他の予算が人質に取られているのはその通り。議会工作なのかな。
ー文化財の今日的意義は?
文化に関わるソフトパワーは世界的に非常に重視されている。文化や歴史は残すことに意味がある。そこから人間の営みを人々は考える。失われるのは人類にとっての損失だ。地元が残した韮山反射炉は世界文化遺産につながった。
ー沼津市は「ぬまづの宝100選」を選んだが、高尾山古墳は入っていない。
自分のまちの資源の重要性は自分たちで気付かず外部に言われて初めて気づくケースがある。まさに高尾山古墳はそうではないか。取り壊しは将来に汚点を残す可能性がある。
【毎日新聞平成27年6月17日地方版】
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