「日ロ交流の原点」講師中尾千恵子氏・「戸田の石丁場」講師水口淳氏資料スライド
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150919日ロ交流の原点・戸田の石丁場スライド from 河谷杯歩 on Vimeo.
戸田の歴史と石丁場テーマに
沼津史談会と 戸田史談会共催で講演会
沼津史談会(菅沼基臣会長)は先月、第6回沼津ふるさとづくり塾を開いた。今回は戸田地区に会場を移し、戸田史談会(水口淳会長)と共催で戸田の歴史に関する講演が行われたほか、長浜城跡を見学した。
ロシアとの交流の歴史は財産
石丁場も観光振興への活用を考え
道の駅「くるら戸田」内の戸田地区センターで開かれた講演会では、東京で対露交易企業を経営する中尾千恵子氏が幕末のロシア使節プチャーチンと戸田地区のゆかりについて、また、戸田史談会の水口会長が、戸田産石材と江声城築城について話した。
中尾氏は、プチャーチン一行の戸田滞在を扱った歴史小説『つるし雛の港』の作者。この著作では、ロシア兵と日本人女性との恋愛模様を軸に、日露交流のあけぼのが描かれている。
講演で中尾氏は、作品の登場人物などは創作を交えているものの、戸田に実在した家や人物をモデルとしていることを解説。また、五年前から開催準備の協力をしている「戸田港まつりプチャーチンロードパレード」とロシア兵供養祭を撮影した映像を上映した。
そして、「プチャーチンと沼津戸田との交流の歴史は一つの財産。プチャーチンの行事は参加者が増えつつあるが、広報などの面で、まだまだ拡大の余地はある」とし、戸田とロシアの間の特別な関係を国際交流や観光の面で大いに活用することの重要性を指摘した。
続いて水口会長は、江戸時代に戸田に設けられた石丁場(いしちょうば)について話した。
石丁場は採石場のことで、江戸城石垣の石材を得るために、建設工事を負担させられた大名が伊豆半島の各地に開設。切り出された石材は、船で江戸へと運ばれた。
水口会長によると、戸田の石丁場は運び出されなかった残石が多いのが特徴で、こうした石には所有者の判別などの目的で様々な刻印が残された。刻印のデザインは文字を含むものやマークのみのものなど多岐にわたる。
戸田史談会では戸田の山中を巡って刻印の拓本採取を続けてきたほか、市教委も調査を続けている。現在も皇居の一画に残る石垣には、刻印のある石が確認されていて、そうした刻印の中には戸田で発見された刻印と同一のものもあるという。
最後に水口会長は、江戸城の天守閣再建の要望活動が全国的に進められていることを紹介し、戸田石丁場を通して天守閣再建と戸田の観光振興とをつなげていく意欲を語った。
【沼朝平成27年10月4日(日)号】
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