2020年4月24日金曜日

国難と国勢調査 匂坂信吾


 国難と国勢調査 匂坂信吾
 コロナウイルスの脅威は世界各国共通の国難です。

 沼津郷土史研究談話会(略称・沼津史談会)では、五月十六日に市立図書館で定時総会と記念講演会を開催する予定でしたが、緊急事態宣言に伴い中止とし、市民公開の「沼津ふるさと講座」は、六月以降の実施方法を慎重に検討致します。
 総会記念講演のテーマは沼津兵学校の員外教授だった杉亨二(すぎこうじ)に関するものでした。
 杉は沼津在任中の明治二年(一八六九)、「沼津政表(統計)・原政表」を作成しました。講師を務めることになっていた翻訳家の松宮克昌氏は、沼津藩士出身で東京工業大学創始者の手島精一と妻・春子(杉の長女)の曾孫に当たる伊佐子さんのご主人です。ご夫妻は東京在住で、沼津訪問を楽しみにしていましたが、この事態で見送りとなりました。
 杉は明治維新に際して徳川家と共に駿河に移り、フランス語を教える傍ら「駿河國人別調」を試み、沼津で、日本初の人口統計を手掛けて新政府に招かれ、初代統計局長に就任しました。
 その後も終生、国勢調査や統計学の研究に努めましたが、第一回国勢調査が実現したのは、没後三年目の大正九年(一九二〇)十月でした。
 今年はそれから百年目〉コロナの影響などから予定通りに実施できるかどうかは別として、第二十一回国勢調査の年に当たります。
 杉は長崎出身で、幼少時に孤児となり故郷を離れましたが、没後五十周年の昭和四十二年、長崎大学学長等が地元関係者に呼び掛けて長崎公園内に立派な胸像を設置しました。十二月四日の命日には、市・県の統計課が献花式を開いています。
 田上富久長崎市長は、前市長の射殺事件を受けて実施された市長選挙に立候補した時には、市統計課長の職にありました。一昨年、杉の没後百周年記念献花式に参列した松宮氏らと田上市長の集合写真が同市のホームページに掲載されています。
 今回、松宮氏が準備された講演要旨や資料は、来年の本会創設六十周年に際して発行する会誌『沼津史談』第七十二号に掲載する予定です。
 (沼津史談会会長、小諏訪)
【沼朝令和2424日(金)「言いたいほうだい」】

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