2020年4月18日土曜日

「沼津史談」№71刊行


【始めに】
 創立六十周年に向けて 会長 匂坂信吾
 来る令和三年(二〇二一)は、沼津郷土史研究談話会(略称・沼津史談会)の創立六十周年に当たります。
 平成二十三年(二〇一一)には、創立五十周年記念事業として「西周(にしあまね)と世界、そして沼津」と題するシンポジウムを開催しました、更に八年後に迫った沼津兵学校創立百五十周年に向けて、新たな記念事業を行うための準備を始めました、まず平成二十五年度からは近世及び近現代担当の沼津市史執筆者などを講師にお招きして市民公開講座を毎月開催し、参加者の多くから高い評価をいただいたところです。
 また二十八年度からは講座と並行して、他の四団体と記念事業実行委員会を組織する中で、沼津・駿東病院跡記念碑の建立や『沼津兵学校記念誌』の刊行、三十一年一月には記念式典を開催しました。
 その成果は画期的なもので、特に記念式典には全国各地から兵学校関係者の子孫が八十人も参加され、新たな交流が始まりました。その過程で、さらにもう一つの新しいテーマを見出すことになりました。
 それは、徳川家・静岡藩が設置した沼津兵学校で明治二年(一八六九)、兵学校員外教授の杉亨二(すぎこうじ)が、「駿河国人別調」を企画、実施し、一部の抵抗から藩全体での集計は出来なかったものの、沼津と原での調査結果はまとまり、国勢調査の原点となる「沼津政表(続計)」「原政表」が作成されたことです。
 杉はその後、新政府初の統計局長となり、我が国の統計制度確立のため尽力しました。明治十二年には甲斐国現在人別調を実施し、国勢調査の布石としましたが、沼津での経験が役に立ったようです。結局、諸般の事情から、第一回国勢調査が行われたのは、杉が亡くなってから三年後の大正九年(一九二◯)十月一日でした。本年(二〇二◯)は、それから百年日、第二十一回国勢調査実施の年に当たります。
 本会としては出身地の長崎市がその功績を称え、毎年十二月四日の命日には長崎公園内の胸像前で献花式を行っている杉亨二が、日本で最初に試みた「沼津政表」「原政表」を世に出し、改めて顕彰したいと考えています。
(「沼津史談」711頁「始めに」)



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