2020年8月7日金曜日

◆沼津ヒラキ物語⑥「干物加工と伝統技術」その1 加藤雅功


◆沼津ヒラキ物語⑥
「干物加工と伝統技術」その1 加藤雅功
 ●マアジとムロアジ 地場産業のヒラキ加工が農家の副業的なものから開始されたことを、下河原地区の萌芽(ほうが)期としてすでに語ったが、その後の専業化の過程で、地元の「開き屋」の大半はマアジ(真鰺)が中心で、ムロアジ(ムロ鰺)を扱う家は少なかった。元々狩野川河口(川口)の「河口港」として発展した我入道(がにゅうどう)の漁船によるサバ()の水揚げに支えられた側面が強く、またサバとともにムロアジも多く獲れて、大正半ばまでは沼津のヒラキ(開き干し)の魚種ではサバとムロアジが先行していたことを知る。
 やがて「小田原方式」の導入でマアジが中心となるが、ムロアジの塩汁(しょしるづ)漬けでの加工はムロを扱う商店で営々と引き継がれ、親類の木塚(サス上)や山本(ヤマ本(ほん))などの身近な家で伝統の味が保たれてきた。ムロアジの開きでは八丈島・新島のクサヤが
有名だが、魚の腸(わた)(内臓)などを入れた塩汁に潰けてから干したヒモノで、焼くと独特な強い臭みがある。伊豆諸島特産の干物で、体形が細長いクサヤムロ(アオムロ)などを加工している。乾燥度の高い「上干(じょうぼ)し」は保存が利くが堅かった。マムロもアオムロに次いで原料魚となるが、魚肉の蛋白質(たんぱくしつ)を分解し、「クサヤ菌」が旨味を強くして出来た「クサヤの原液」は意外にも塩度は8(8%)ほどの甘い液であり、一方、普通の開き干しの塩水は18度から20度位の塩分濃度の辛さになっている。
 やはり若い液では、液を腐らせないためには塩を余分に使わざるを得ず、あのアミノ酸の独特な風味の「クサヤの香り」は出せない。あのアンモニアの臭気に耐えながら、数十年経ると「クサヤ液」も本物となる。
 近所の田代さんの貴重で高価な「クサヤ液」を移入する体験談として、「かつて八丈島から参考にする目的で、クサヤの原液(クサヤ液)を運んできたが、途中で腐って失敗してしまった。」と残念そうに話した。
 干物(塩干魚)でも夏などは漬け桶(おけ)に氷を入れて調整をするが、塩汁は温度管理も難しく、微生物(細菌群)で発酵が行われ、微妙なアミノ酸バランスが保たれるが腐敗細菌の増殖で腐りやすい。撹拌(かくはん)をしたり、時には塩を加えて、魚肉部分に対して浸透圧を活(い)かしつつ、一方で旨味(うまみ)成分の流出も防ぐ必要がある。
 食塩を中心とした調味液の塩汁に漬けることによって、調味するとともに水分活性を下げ、雑菌の繁殖を抑制する。食塩以外については各商店により独自の工夫がされている。なお、最近では塩汁の濃度は低くなる傾向があり、以前は1524%程度であったが、現在では1020%となっている。また塩汁に2040分間漬けるが、この時間は原料の魚の質にも左右され、経験に裏打ちされた判断が的確に行われている。
 現在、塩汁は5℃程度の低温で循環させるなどして管理され、1ヶ月程度使用できる。塩漬けでは1回ごとに新しい塩水に全替えするのと、汚れを取り除いて少し「増(ま)し塩(じお)」しながら数回使うのとがある。艶(つや)は1回ごとが良く、45回使うと塩味に「軟(やわ)らかさ」が増すが、それ以上では臭みが出てしまう。
 商店によっては加熱処理して汚れと滓(かす)を凝固・沈殿させたり、漉(こす)したりして取り除き、「きれいで澄(す)んだ塩水」に蓄え、塩汁にして長期に使用した。魚への塩の浸透が平均になり、また良く浸透する長所がある。さらに風味や、軟らかな味が生まれ、荒い塩味の辛さよりも甘さを期待し、拘(こだわ)りと工夫を独自に追求した。塩の大切な時代の伝統であったが、今では行う人も少なくなってしまった。ムロが中心であった木塚(サス上)では、伯父(おじ)の弘さんが八丈島で「コンチ製」と呼んだ方法で、外の竈(かまど)で薪(まき)を焼(く)べながら塩汁を煮立てていた姿(昭和30年代)が、今も脳裏に強く焼き付いている。
 ムロアジの干物の独特な歯応(はごた)え、弾力感は捨てがたいものがある。個人的には、あっさりしたマアジの味覚も好きだが、ムロアジ類の「開き」の身の凝縮した旨味もまた味わい深い。ムロアジは血合いが多く、「脂(あぶら)のり」が少ないため、干物にするのが一般的である。かつては近海の伊豆諸島で大量に獲れ、今では和歌山以南で獲れたムロアジは鮮魚(なま)で沼津に多く入荷して、「ムロ開き干し」として関東各地に送られる。
 研究熱心だった近所の田代さんは若い頃、沼津のライバルの「小田原の開き」の実力を確認するべく、早川の小田原漁港周辺の加工場を訪れている。小田原方式の製法の本格的な技術導入を図った沼津だが、小田原から後に沼津へ講習所も移転してだいぶ経(た)った戦後、マアジの干物の「品定め」を現地で実施した。その結果、相模湾で獲れるマアジの小粒さもあったが、干物の品位を比較して「これならば絶対負けないそとの確証を得て、自信を強くして沼津に帰って来た。」と私に語った。アジの干物を専門的に取り扱う「ひもの加工組合」設立以前の出来事で、業者の「小田原に続け、追い越せ」の心意気や研究の熱意さが感じられる。
 ●製造過程からの特色 今では一般的な「腹開き」に対して、古くから加工生産されてきた干物は、武家社会では縁起を担いで、切腹につながる腹を切ることや戦で負ける兜(かぶと)割りに通じる頭を割ることが禁句とされてきた。この頭を残す背開きの「小田原開き」では、細長い紡錘形の魚体をもつカマス・サヨリ・サンマなど、全国各地でその姿を残している。西日本でも長崎などのアマダイは「背開き」で、「色物塩干品」ゆえに黄赤色の色調の退色に気を使っている。なお静岡県の興津鯛(おきつだい)で有名なアマダイは腹開きであった。
古くに鰺開乾(あじひらさぼし)と記した「アジ開き干し」はアジを腹開きにして、塩水に浸して干したものであり、日本の食卓に並ぷ最もポピュラーなおかずの一つで、海辺の観光地のお土産としてすぐに思い浮かべる品物である。近年では消費者の嗜好(しこう)の変化から、塩味の薄いものが好まれる傾向にあり、昭和30年代半ばは塩分3%であったのに、40年近く後には1.7%程度となっている。
 なお、すでに生産が減少傾向にあった平成14年当時のアジの塩干品生産量は、静岡県が4割強程度となっており、千葉、神奈川、茨城、三重などが続いていた。
 原料魚のアジはある程脂肪がのっているものが好まれ、脂肪量が7%から16%位の原料が使われているが、10%以上のものが良質と言われている。かつてマアジ、マルアジ(アオアジ)、ムロァジなどが使われていたが、現在ではマアジとヨーロッパマアジとになっており、その他ムロアジが多少ある程度である。
 マアジは東シナ海や五島(ごとう)列島、対馬(つしま)近海産(長崎、(はまだ)佐賀県唐津(からつ)、福岡で水揚げ)や日本海の境港(さかいみなと)、浜田、千葉県の銚子(ちょうし)などで水揚げされた天然魚が主に用いられており、養殖魚はあまり使われない。ヨーロッパマアジは昭和50年代前半から使われ始め、安定的に供給される利点がある。国内産のマアジの漁獲量が減少し、補完関係をより強めて、今や国外産が上回っている。平成22年度の沼津の干物業者に対するアンケート結果でも、アジの仕入れ先の約46%が国内で、約54%が国外であった。また国外産の70%近くを北海のオランダが占め、国内では90%近くを九州産が占めていた。
原料魚は水揚げ後、-38℃前後で急速凍結し搬送される。「水氷(みずごおり)」は最近では使われなくなっており、ヨーロッパアジも漁獲直後に急速凍結されて日本に輸出される。搬送された原料は一30℃以下で保管されている。以前塩汁に潰けて解凍することもあったが、今では流水によって解凍し、解凍機を用いる所もある。
 ★アジ加工の全工程 原料を「解凍」して「内臓処理」し「開き」の作業をする。その後に乾燥・凍結して出荷する。
 ①「内臓処理・開き」の工程は全て手作業で行う。内臓や鰓(えら)を除去して腹開きにする。一部の大きなサイズでは「割裁機」などの機械により二枚に開く。かつて天日干しの時代に魚の肛門部分に黄色く脂(あぶら)が残りやすく}蝿(はえ)が卵を産む結果、蛆(うじ)が湧(わ)くことがあって、衛生上で注意を要する「ハエ取り」には腐心した。 ②「前洗浄・血抜き」では水槽内で洗浄する。洗浄では、残った内臓などの除去を行うが、骨の際(きわ)に付着する汚れ部分をブラシで取り去る作業は厄介(やっかい)で、身に傷を付けやすく、製品とするには品質が落ちる。洗浄後は十分に「水切り」を行う。その後 ③「塩汁浸漬(ひたしづけ)」をして、調味する。水分活性を下げ、雑菌の繁殖を抑制する。 ④「後洗浄」浸潰後に水槽内で洗
浄する。塩抜きの意図もあり、再び「水切り」を行う。 ⑤「乾燥」温風の乾燥機が使われる。乾燥することによっても水分活性を下げ、保存性が増すとともに色合い()が良くなる。
 ⑥「放冷」の後に ⑦「凍結」急速凍結をする。 ⑧「包装」「真空パック」 ⑨「出荷」市場の場合は発泡スチロール箱に20枚程度を詰めて出荷する。小売店に直接卸す場合はトレーなどに23枚入れて包装する。冷蔵車を使って出荷される。
 以上の全工程を踏まえると、機械化も一部で進んだが、各商店ごとの創意工夫がそこには詰まっている。
(沼津市歴史民俗資料館だより2020.6,25発行 VoL45 №1(通巻226)編集・発行 〒4100822 沼津市下香貫島郷2802-1沼津御用邸記念公園内沼津市歴史民俗資料館TEL O55-932-6266FAX O55-934-2436

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