2019年9月29日日曜日

基礎の重要性 土屋詔二




基礎の重要性 土屋詔二
 
 九月二一日の「沼津ふるさと講座」で、片桐芳雄愛知教育大・日本女子大名誉教授の講演『沼津兵学校と渡部温』を聴いた。沼津兵学校には徳川の威信をかけて優秀な人材が集められたが、渡部温とはどんな人物なのか。
 下級幕臣だが、長崎や下田で英語を身につけ、開成所蕃書調所を経て兵学校の教授になった。イソップ物語の翻訳で有名だが、驚くのは清朝最盛期に康煕帝の命により編纂された大部の『康煕字典』の校訂を独力で成し遂げたことだ。もちろん地頭も優れていた筈だが、幕府の漢学の懐が深かったのだろう。
 このことは教育や研究のあり方のヒントになるのではなかろうか。高校国語の指導要領が、実益性の少ない詩歌や古典が削られる方向へ変わろうとしている。大学でも人文科学系の学問が軽視されているという。
 AIの普及が喧伝されているが、これらは無用なのだろうか。理系でも基礎的分野への研究費が削られてきた。結果として、わが国の論文数は頭打ちになっている。量質は相互に転化する。質の高い論文数を示す国別ランキングで、わが国は二○○○年に四位だったが、二〇一六年は一一位に低下した。効率性の重視が裏目に出たと考えられる。御殿場高原「時之栖」は、昔は綿羊場と呼ばれる牧歌的な場所だった。小学校の時の恩師の家が近くにあり、よく遊びに行った。一角に『方丈記』の冒頭部分の「ゆく川の流れは絶えずして、しかも元の水にあらず」という有名な文章の碑が建っている。隣接して方丈の庵と思われる建屋を建築中だ。
 『方丈記』は災害文学と言われるように、鴨長明が見聞した「安元の大火」「治承の辻風」「福原遷都」「養和の飢餓」「元暦の大地震」等の災厄が綴られている。長明が『方丈記』を執筆した庵は京都の日野にあった。
 七月一八日に放火された京都アニメーションのスタジオとは目と
鼻の位置と言って良い。長明がこの事件に遭遇していたら必ず取り上げただろう。悲惨な事件だが、犯人も重度の火傷を負っていて、未だに動機等は不詳だ。
 奇しくもNHKの朝の連ドラで、草創期のアニメ業界を描いた『なつぞら』が放映中だった。アニメーターという職種に親しみを感じた人も多いと思う。クールジャパン戦略の核として位置づけられるが、アニメは動く絵巻物だという説明を聞いた。理解しやすいように絵入りでストーリーを表現する。
 AI研究者によれば、AIと中高生は、複雑な文章を読解する力が弱いことが共通だという。アニメに親しむ時間が増える一方で、文学離れが進んでいることが一因だろう。
 理解しやすいことは、一方で複雑な文脈を理解することから遠ざけるだろう。実用性重視は、基礎の軽視に繋がる。教育のあり方を単一の指標で考えるべきではない。
(高島本町)
【沼朝令和1929日「言いたいほうだい」】

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