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2011年10月8日土曜日

清水町の恵ケ後・谷口遺跡



清水町の恵ケ後・谷口遺跡
 高尾山古墳と関連も

 清水町伏見の恵ケ後(えがうしろ)・谷口遺跡で、弥生時代後期から古墳時代前期(200~250年ごろ)に造成されたとみられる大溝が見つかり、発掘した同町教育委員会が7日、発表した。周辺地からは過去に大規模な住宅跡も出土していて、関係者は同遺跡に東日本最古級の前方後方墳とされる高尾山古墳(旧・辻畑古墳、沼津市東熊堂)に埋葬された豪族が住んでいた可能性が高いとみて、調査を進めている。
 恵ケ後・谷口遺跡は同町の国道1号伏見インターチェンジから北に約500㍍の住宅地にあり、広さは約4㌶。同町教委は土地開発に沿って断続的に調査していて、直径1㍍以上の柱穴を持っ掘立柱建物跡など、弥生時代後期から鎌倉時代前期ごろの遺構や遺物が数多く見つかっている。
 今回の調査は9月中旬から約1カ月間、約270平方㍍の地域で実施。幅6㍍を超える大溝に加えて、10~20㌢の岩が石垣のように積まれたのり面を発見した。当時の住居跡や伊勢湾岸地域が由来の土器、高坏(たかつき)なども見つかった。
 町教委とともに発掘を担う調査会社「東日」の小金沢保雄・文化財調査室長は、「この時代では県内に例がない遺構で貴重」と指摘。同遺跡から西に約3㌔離れた高尾山古墳と比べて、「どちらからも西日本で同じ時代に制作したとみられる土器が大量に出土した。いずれも当時、この地域を支配した首長の遺跡ではないか」と分析する。
 同町は8日午前11時から現地説明会を開き、大溝などの埋蔵文化財について解説する。問い合わせは同町教委生涯学習課〈電055(972)6678〉へ。
(静新平成23年10月8日朝刊)

2011年5月17日火曜日

長塚古墳主要部を沼津市に寄付

 長塚古墳主要部を市に寄付
 所有する江藤家から目録
 市は十二日、長塚古墳墳丘部の土地受け渡し式を市長応接室で開き、東沢田にある同古墳の主要部分一、○一一平方㍍について所有者から寄付を受けた。
 寄付をしたのは、土地を共有してきた江藤昭二さん、江藤不二夫さん、植木あい子さん、江藤俊夫さん、宮本恭子さん、江藤俊久さん。いずれも江藤家の兄弟と、その相続者。式には、江藤家の遠縁に当たるJAなんすんの鈴木道也組合長らも出席した。
 昭二さんから目録を受け取った栗原裕康市長は「周辺は今や市街地。大変貴重な土地を寄付していただき、ありがとうございます」と感謝の言葉を述べた。
 昭二さんは「私達兄弟が元気なうちに方向付けできて良かった。これで安心した」と話した。式の後、昭和三十一年に発掘調査が行われた時の様子が江藤家側から説明され、調査団のために自宅を開放し、宿舎として提供した思い出などが語られた。
 また歴史のことが話題に上り、不二夫さんが江藤家初代の江藤丹後守のことや、名主として一揆を指導した先祖の話をすると、栗原市長も「我が家の初代は、旗本松平某の庶子だと伝わっています」と応じた。
 さらに俊夫さんが、祖父の林太郎氏が慶応義塾の第1回卒業生であることを話すと、慶応大卒の栗原市長は、天井を仰いで何か感じ入っている様子だった。
 長塚古墳は市内に三つある前方後円墳の一つで、出土品の特徴などから、六世紀前半の築造、被葬者は、古代スルガ国を支配した首長とみられている。
 古墳周辺の土地は今年度中にすべて市が取得する予定になっており、市は今後、再度の発掘調査を行った後、史跡公園として整備する方針。
(沼朝平成23年5月17日号)