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2016年12月10日土曜日

あす現地説明会 興国寺城跡で 土橋遣構確認 日吉廃寺跡の調査経過も

沼津市、あす現地説明会
 興国寺城跡で 土橋遣構確認
 日吉廃寺跡の調査経過も
 沼津市は11日、国指定史跡「興国寺城跡」(根古屋)7世紀後半~9世紀初頭にかけての寺院跡「日吉廃寺跡」(富士見町)で進めている発掘調査の現地説明会を開く。興国寺城跡では2016年度調査の結果、二の丸と三の丸をつなぐ土橋の遺構や外堀の痕跡を確認した。 (策部総局・中村綾子)
 興国寺城跡は戦国時代に関東一円を支配した小田原北条氏の祖、北条早雲の旗揚げの城として伝えられる。市は03年度から本格的な発掘を開始し本丸など大枠の調査を終了。16年度調査で見つかった土橋は、石積みの列などから数回にわたって改修。補強されたことが分かったという。
 日吉廃寺跡は豪族が立てた氏寺と考えられていて、これまでに塔址(とうあと)の礎石列や柱穴列、仏像の一部などが出土したが、基礎部分などの重要遺構は確認されていない。16年度調査では一帯が水田耕作で大規模に改変されていたことが分かり、市文化財センターの担当者は「寺院があったことは間違いないと思われるが、推定していた伽藍(がらん)配置などは再検討する」と話している。
 説明会は日吉廃寺跡が午前10時から、興国寺城跡が午後1時半から。希望者は直接会場へ。

【静新平成281210()朝刊】

2013年5月18日土曜日

国宝指定を答申された鑁阿寺本堂

足利氏の氏寺、国宝に…文化審議会が答申



国宝指定を答申された鑁阿寺本堂

 文化審議会は17日、東日本を代表する中世の密教寺院である鑁阿寺(ばんなじ)本堂(栃木県足利市)を国宝に、旧加賀藩主が昭和初期に建設した旧前田家本邸(東京都目黒区)など建造物9件を重要文化財に、それぞれ指定するよう文部科学相に答申した。

 一方、昨年12月に全焼した金山寺(きんざんじ)本堂(岡山市)の重要文化財指定を解除することも求めた。

 鑁阿寺は、後の室町将軍につながる足利氏の氏寺。現在の建物は、鎌倉時代の1299年に当時最新の建築様式だった「禅宗様(よう)」をいち早く採り入れて建てられた。軒下を装飾し、強度も高める建築構造「組物(くみもの)」に特徴がある。

 また、島根県津和野町の津和野地区、岡山県津山市の城東地区の2地区を、重要伝統的建造物群保存地区に選定することも求めた。

(2013年5月17日22時02分 読売新聞)

2012年11月23日金曜日

洋時計


家康外交語る世界的貴重品
 大英博物館の調査も紹介

 「家康外交を語る世界的な貴重品」。22日、洋時計の国宝指定を文化庁に要望した久能山東照宮の落合偉洲宮司は、調査報告書で、時計が日欧の歴史物語の"証人"としての価値を持つとアピールした。
 報告書は大英博物館時計部門責任者デビッド・トンプソン氏による調査の様子や時計の技術的解説、希少性を書いた結論などを英文と和訳で紹介した。落合宮司や東照宮の修復を手掛けた小西美術工芸社(東京都)のデビツド・アトキンソン会長兼社長も寄稿している。
 トンプソン氏の調査報告によると、時計は真ちゅうに金メッキを施したぜんまい式卓上型。旅行用皮革ケースも残っていた。内部の部品は、ほぼ原型のまま残り、結論の章では「伝統的なフランドル(ベルギー、オランダ)時計の珍しい生き残り」と表現した。
 日本の美術工芸品に詳しいアトキンソン氏は、西欧の時計が日本で丁重に奇跡的に保存されていたことを重視し、「時計技術の黎明(れいめい)期の1台として、時計史にとって、日本にとっても極めて貴重な宝」と説明している。
 久能山東照宮は、2015年の徳川家康鎮座(没後)400年祭に合わせて、時計の国宝指定を目指す。20日、県庁での記者会見で落合宮司は、時計の価値や内部構造を広く紹介するため、レプリカの製作を検討していることも明らかにした。
《静新平成241123()朝刊》

2011年3月10日木曜日

入江長八作品





入江長八作品

「雲龍図」(県教委提供)



「飛天図」(県教委提供)


 江戸から明治にかけて「しっくいの名工」として活躍した入江長八が手がけた、浄感(じょうかん)寺(松崎町松崎)本堂の「雲龍図」「飛天図」が、県指定文化財に指定されることになった。9日、県教育委員会定例会で議決され、月内に指定される。
 県教委文化財保護課によると、浄感寺は長八の菩提(ぼだい)寺で、「雲龍図」「飛天図」は1846年頃の本堂再建に伴い、制作された。
 「雲龍図」(縦約3・5メートル、横約5・5メートル)は天井に描かれた水墨画で、大きく渦を巻く龍の姿は躍動感がある。参拝者から幸運を招く「八方にらみの龍」と呼ばれている。
 「飛天図」は2面(縦はいずれも約80センチ、横は約2・7メートルと約3・5メートル)あり、欄間を彩っている。しっくいでレリーフ状に描かれ、衣は朱色や緑、青で彩色されている。
 長八は1815年に松崎町で生まれた。しっくい細工に長(た)け、東京都足立区の橋戸稲荷神社や港区の泉岳寺などに作品が残る。
 指定作について同課は、「いずれも長八の代表作で高い技術がうかがえる。しっくいは本来、壁などを塗るため実用的なもの。飛天図のように芸術的な価値を持つほど細密な作品は全国的に珍しい」としている。
(2011年3月10日 読売新聞)